原子力文化2016年5月号 インタビュー(抜粋)

公衆衛生を原子力災害にどう役立てるか
― 「減災」をキーワードに人々の健康を考える ―

福島県の相馬中央病院は、東京電力・福島第一原子力発電所から約30キロ離れた場所にあります。 震災直後にイギリスのロンドンに留学して、公衆衛生学を学び、帰国後は相馬市の病院で、 被災者お一人おひとりと向き合われている越智さんにお話を伺いました。

福島県・相馬中央病院 内科診療科長
越智 小枝  氏 (おち・さえ)

神奈川県生まれ。東京医科歯科大学医学部医学科卒業後、都内で膠原病内科の診療医として10年ほど勤務後、2011年イギリスのインペリアルカレッジロンドン公衆衛生大学院に留学。世界保健機関、イングランド公衆衛生庁のインターンを経て、2013年11月から相馬市に移住し現在に至る。剣道6段。

―― 公衆衛生学とは、どのような学問なのですか。

「公衆衛生」というより英語の「パブリックヘルス」と言ったほうが、イメージがつかみやすいかもしれません。病院の仕事は、病院にいて病気になった患者さんを診るのが基本的な仕事です。
パブリックヘルスは、病院に来る前、つまり健康な患者さんがいかに健康を維持するか、大ざっぱに言いますと、社会全体が健康であるためにはどういうことをしたらいいか、という学問全般です。 例えば、予防医学もパブリックヘルスに入りますし、禁煙や肥満対策、公害、感染症なども入ります。

―― 多岐に渡って知識がないといけないので、大変な学問ですね。

ある程度、専門性は必要なのですが、私はどちらかというと災害の公衆衛生が専門で、災害直後の負傷者や病気になった方を診るのではなくて、災害後の被災地で長期的に健康を保つにはどうしたらいいか、そこで病院が機能を続けるにはどうしたらいいかが研究テーマになっています。

―― なぜ災害時の公衆衛生を選ばれたのですか。

これは本当に偶然で、公衆衛生を学ぼうと思ったのは、東京都立墨東病院に勤務しているときだったのですが、留学が決まった直後に、東日本大震災が起きました。
もともとリウマチを専門にしているので、リウマチの疫学、環境が関節炎などにどういう影響を与えるか、ということを学ぼうと思って留学したのです。
ロンドンに留学したら、日本の災害の状況が全く伝わってこないから教えてくれと言われて、本などでこういう健康被害があると紹介しているうちに、災害公衆衛生の道に進んでいました。
阪神淡路大震災のときに、クラッシュシンドロームと言って、瓦礫の下に埋もれてしまった方など、けが人の救助がすぐにできなかったので、DMAT(日本における災害時派遣医療チーム)ができたのですが、今回の災害の場合はそれだけではありませんでした。
高齢化した社会で災害が起きているので、血圧の高い人が薬をなくして脳卒中を起こしたり、アレルギーのあるお子さんをどうするかなど、救急医療ではない健康問題が多くあったのです。
実はどこの災害にも共通点があって、中国四川の大地震、フィリピンの台風、シリアの難民キャンプなど、程度はもちろん向こうのほうが激しいですが、仮設住宅や避難所の方の健康問題をどうするかということで、全く同じことが起きています。

(一部 抜粋)




2016年5月号 目次

風のように鳥のように(第77回)
収納上手?/岸本葉子(エッセイスト)

インタビュー
公衆衛生を原子力災害にどう役立てるか/越智小枝(福島県・相馬中央病院 内科診療科長)

まいどわかりづらいお囃ですが
鎌倉大仏の健康状態は良好

中東万華鏡(第2回)
越後七不思議−火井−/保坂修司(一般財団法人日本エネルギー経済研究所 研究理事・中東研究センター 副センター長)

おもろいでっせ!モノづくり(第41回)
中国人の滞在日数が変わってきたといいます/青木豊彦(株式会社アオキ取締役会長)

客観的に冷静に(第43回)
寺田寅彦随想 その14/有馬朗人(武蔵学園長)

笑いは万薬の長(第22回)
筍/宇野賀津子(公益財団法人ルイ・パストゥール医学研究センターインターフェロン・生体防御研究室長)

交差点