原子力文化2018年8月号 インタビュー(抜粋)

子どもを連れて博物館に
― バイオミメティクスが日本に定着するため ―

バイオミメティクス、日本語で言うと生物模倣技術というものがあります。
身近な例としてはハスの葉が水をはじくことにヒントを得た超撥水技術、カワセミの口ばしの形をまねた空気抵抗の少ない新幹線の先頭車両などがあります。
千歳科学技術大学教授の下村政嗣さんは、バイオミメティクスの研究のために、博物館にあるデータを工学に利用しようと提唱しています。

千歳科学技術大学教授
下村 政嗣  氏 (しもむら・まさつぐ)

1954年 福岡県生まれ。北海道大学名誉教授、東北大学名誉教授、工学博士。専門は生物模倣技術(バイオミメティクス)、自己組織化、界面化学、ナノテクノロジー。九州大学工学部合成化学科卒業後、同大学大学院工学研究科合成学専攻修士課程修了。東京農工大学工学部工業化学科助教授、北海道大学電子科学研究所教授、北海道大学電子科学研究所附属ナノテクノロジー研究センター教授・センター長、東北大学多元物質科学研究所教授などを経て現職。

―― 「バイオミメティクス」という言葉を初めて知りました。バイオミメティクスは「生物模倣技術」とのことですが、具体的にどのようなものを指すのでしょうか。

例えば、古くからあるのは飛行機です。レオナルド・ダ・ヴィンチが鳥を見て飛行機の発想を得た。生物模倣は昔からあるのですね。
もう少し身近なところで言うと、ナイロンがあります。ナイロンは絹糸を模した合成繊維で、産業としてきちんと展開した例ですね。
もう一つは面状ファスナー、日本ではマジックテープ、外国では企業名でベルクロと言われています。これは、くっつき虫が散歩していた犬の毛に付いたところから発想がきています。
歴史的に言うと、1935年にナイロンが発明され、1940年代にベルクロができたと言われています。
それから「バイオミメティクス」という言葉をつくった人もわかっています。1950年代の後半くらいからオットー・シュミットという神経生理学者がいろいろな論文に「バイオミメティクス」という言葉を使い始めています。
自然に学んで、しかし実際には自然の生物を使うわけではなく、人間の英知でさまざまなものをつくるという考え方は、分子レベルから新幹線、飛行機のサイズまでいろいろなスケールがあります。半導体に組み込めば、ものすごく小さいものになりますし、マジックテープは実際に私たちが手に取っていますから、ある程度の大きさがあります。それからナイロンも繊維としては目で見てわかりますが、実際には分子レベルの話です。
身の回りに昔からあったのですが、分野が全て違い、系統的に研究、開発がされていなかったため、バイオミメティクスという言葉があまり浸透しなかったのです。
最初に「学術的にやりましょう」という取り組みが始まるのは70年代くらいからですね。
それは化学の世界で、ちょうどエックス線構造解析が進んで、タンパク質(特に酵素)の構造解析ができてきた頃です。分子レベルでその立体構造がわかるようになりました。化学者にとって酵素は最高の触媒です。化学工業では高温、高圧で金属触媒を使うのが普通ですが、常温、常圧で、しかも選択性が高く、収率がよいため、触媒として最高なのです。ですから、酵素をまねた触媒をつくれないか、ということは化学者の夢でした。
最近になって「生物工場」などという言い方をされていますが、分子生物学的に遺伝子を触って生物にいろいろなものをつくらせる、そういうスマートな分野が出てきたので、合成化学的な泥臭い手法で人工酵素をつくろうという流れは、トーンダウンしていったのです。
ただ、非常に運のいいことに、前世紀末に、その分野をやっていた人たちの中からノーベル賞が出て、一気に盛り返しました。
また、その時期、ちょうどナノテクノロジーという分野が世界的に注目されていました。
実は、そのナノテクノロジーが世界的に流行ったことが重要でした。ナノテクノロジーは小さいものを対象にしますから、小さいものをつくり、加工する技術とともに、小さいものを見る顕微鏡の技術が展開します。
いろいろな顕微鏡がありますが、特に電子顕微鏡は今でも高価です。そのひとつである走査型電子顕微鏡が、それまでの10分の1くらいの価格になり、個人でも買えるようになりました。


 

(一部 抜粋)




2018年8月号 目次

風のように鳥のように(第104回)
「断服」という試み/岸本葉子(エッセイスト)

インタビュー
子どもを連れて博物館に/下村政嗣(千歳科学技術大学教授)

追跡原子力
土偶やミイラをCTで調べる

中東万華鏡(第29回)
コーヒーの歴史(3)/保坂修司(一般財団法人日本エネルギー経済研究所 研究理事・中東研究センター 副センター長)

おもろいでっせ!モノづくり(第68回)
グラッときたり、大雨が降ったり/青木豊彦(株式会社アオキ取締役会長)

ドイツでは、今(第2回)
ドイツ「余った電気、ただであげます」/川口マーン惠美(作家)

笑いは万薬の長(第49回)
大阪北部地震/宇野賀津子(公益財団法人ルイ・パストゥール医学研究センターインターフェロン・生体防御研究室長)

交差点