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ジャーナリストがみたチェルノブイリ事故

尾崎正直氏

チェルノブイリ事故とは、
どんな事故だったのか

科学技術ジャーナリスト

尾崎 正直 (おざき・まさなお)

朝日新聞ニューヨーク特派員、科学部長、『朝日ジャーナル』編集長などを歴任。著書に『21世紀への助走─科学技術の未来』『科学技術のことがわかる本』などがある。

事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所

 1986年4月26日未明(現地時間)、旧ソ連(現・ウクライナ共和国)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉[黒鉛減速軽水冷却炉(RBMK)、出力100万キロワット、1984年運転開始]が〝暴走〟を始めた。2度の大爆発が起こり、火柱が吹き上がった。爆発5分後には原発消防隊が駆けつけ、建屋の火災は数時間後には鎮火した。しかし、原子炉本体では黒鉛の火災で炉心が溶融し、約10日間にわたり大量の放射能を環境に放出した。事故後のソ連政府の対応の遅れもあって被害が拡大・広範化し、史上最悪の原子力事故となった。

数日たってソ連政府がしぶしぶ出した公式発表

 異変を最初にキャッチしたのは、スウェーデンのフォルスマルク原子力発電所で、27日早朝、異常に高い放射能値とセシウム134を検出した。明らかに原子力施設での事故を示しており、おそらくソ連の原発ではないか、というニュースが世界に流れた。

 この第一報を受けた日本の新聞の扱いは、「ソ連政府は否定」という外電もあって、一面トップ、外電面や社会面と各紙まちまち。スウェーデン政府の問い合わせを受け、ソ連政府がしぶしぶ出した公式発表は、チェルノブイリ原発で原子炉の一つが破損し、被災者(複数)が出たという簡単なもので、事故の日時さえ明らかにされなかった。

 原発の北西約5キロにあるプリピャチ市でさえ、住民が危険を知らされたのは事故発生の36時間後だった。当然、「連絡遅れ」や「秘密主義」など、硬直した社会主義体制を非難する声が内外から強く出された。これが登場間もないゴルバチョフ共産党書記長のグラスノスチ(情報公開)を加速させ、ソ連を崩壊させる遠因になったといえる。

 事故は、ソ連独自による原子炉の設計上の欠陥や運転規則の違反により大事故につながった。原子力発電所への外部からの送電がとまると、給水ポンプが動かなくなるので、原子炉を緊急停止させなくてはならない。日本の軽水炉では、瞬間的に非常用電源が働き、2〜3秒で制御棒が炉心に完全に挿入され、原子炉は停止する。チェルノブイリ炉では緊急停止までに18秒ほどかかる。その間、発電機の惰力回転を利用して非常用電力がどのくらいの時間取り出せるかを実験していた。

 日本の軽水炉では、出力が増加して冷却水や燃料の温度が上がると、水中に蒸気泡ができて核分裂を抑える自己抑制が働く。チェルノブイリ炉は中性子の減速を黒鉛でやるため、逆に核分裂が盛んになる。この頃向は低出力ほど大きいので、定格出力の20%以下での長時間運転は禁止されていた。にもかかわらず、実験は約6%という規則違反の低出力で行なわれ、非常用炉心冷却装置も切られていた。このため短時間に出力が異常に上昇し、燃料が過熱して蒸気爆発を起こしたのだった。

ウクライナは現在15基の原子炉で電力の半分を賄っている

 事故の影響については様々な報道が乱れ飛んだが、国際原子力機関(IAEA)と世界保健機関(WHO)は2005年9月、〝総決算”ともいえる詳細な報告書を発表した。報告書の要点は「事故の影響は当初恐れたよりもはるかに小さかった」という点にある。これによると、放射線が直接の死因と確認できたのは、消防士や発電所職員ら47人と、汚染ミルクを飲んで甲状腺がんで亡くなった子ども15人としている。

 また、最終的に予想される放射線による死亡者数も、約4000人ががんや白血病で死亡する可能性があると推計している。これまでの数字を大幅に下回った理由として、「従来の死者数には喫煙や飲酒に起因するがんなどの死者も含まれていて、当局が健康被害を過大視していたようだ」と指摘している。そのうえで、被ばくよりも精神衛生面への影響が大きかった、と述べている。

 事故後も1〜3号炉の運転は、電力不足のため続けられたが、2000年12月に全面閉鎖された。現在は廃炉作業と、石棺と呼ばれる4号炉を覆うコンクリート建造物の管理が行なわれている。事故の直後、突貫工事で作られた石棺は老化が進み、新たな鋼鉄製のシェルターを建設する計画だが、資金不足で完成のメドは立っていない。

 原発から30キロ圏内は立ち入り禁止区域だが、老人など一部の住民は移住せずに生活を続けている。周辺はオオカミやキツネなど野生生物が戻り、ゴーストタウンと化したプリピャチの町にも樹木が再生しているという。発電所付近の放射線レベルが低くなったという理由で、ウクライナ政府は今年から正式に観光客の受け入れを認めた。

 ウクライナ共和国は石油とガスだけでなく核燃料もロシアに依存している。この依存度は、原子力発電で徐々に減少している。現在は4サイト15基の原発で電力の半分近くを賄っている。エネルギー自立を強化するため、さらに11基を増設する計画である。

黒鉛減速軽水冷却炉/旧ソ連が独自に開発した原子炉。原子炉内の黒鉛ブロックの中に圧力管が上下に何本も通っていて、その中に燃料集合体がおさめられている、といった特徴がある。