原子力文化2019年5月号 インタビュー(抜粋)

歴博は何を「新構築」したのか
― ナウマンゾウやネコも展示に ―

国立歴史民俗博物館(歴博)は、この3月、総合展示第一展示室「先史・古代」を36年ぶりにリニューアルオープンしました。
新しい展示には「弥生時代のはじまりは従来考えられていた時代から約500年遡る」という研究成果などが反映されています。これは2003年、歴博が放射性炭素14による年代測定に基づき発表したものです。
千葉県佐倉市にある歴博を訪ね、教授の藤尾慎一郎さんにお話を伺いました。 

国立歴史民俗博物館研究部教授
藤尾 慎一郎  氏 (ふじお・しんいちろう)

1959年 福岡県生まれ。総合研究大学院大学教授も務めている。専門は、縄文・弥生時代全般、世界各地で農業が始まった頃のくらし、鉄の生産と流通など。広島大学文学部史学科卒業後、九州大学大学院文学研究科博士課程、同大学助手。1988年、国立歴史民俗博物館考古研究部助手、助教授、准教授などを経て、2008年より現職。『弥生時代の歴史』『弥生文化像の新構築』『〈新〉弥生時代 五〇〇年早かった水田稲作』『弥生変革期の考古学』など著書・共著書多数。

―― まず、なぜ「先史・古代」の展示をリニューアルしたのでしょうか。

今回のリニューアルのことを、僕らは「新構築」という言葉を使って表現しています。日本の先史・古代像を新構築するということです。
つまり「1980年代にできた縄文・弥生時代像ではない、新しい縄文・弥生時代像を新構築する」ということです。
歴博は、放射性炭素14の年代測定を含め、最先端の研究で学界をリードし、大きく縄文・弥生時代像を変えてきました。ですから、リニューアルは、自分たちの研究の成果を総合展示に反映させることなのです。
そういう意味で、館長も「第二の開館」と呼んでいます。歴博には、ほかの文化庁系の東京国立博物館や京都国立博物館とは違う特別な位置づけがあるのです。
1983年にできた最初の展示は、いくつかの課題がありました。その一つが国際関係です。要するに、列島内の歴史だけに完結してしまって、中国、朝鮮半島との関係はどうなのか、そういう国際関係が展示しきれていなかった。
それから、本州、四国、九州中心で、北海道、沖縄がなく、つまり北と南が抜けていた。これが第二点です。
さらに、もう一つは、以前の展示は「ここからが何々時代ですよ」と、時代の象徴である「前方後円墳」や「高床倉庫」や「縄文土器」などを、冒頭にもってきていました。それはそれで、ここから新しい時代だということはわかりますが、その前の時代から次の時代へどのように移行していくのか、転換していくのか、その過程がわからない。そういうことが三つ目の課題でした。


―― はい。

今度の新構築は、それを克服するためにテーマ名も全部新しくしました。しかも前は「日本文化のあけぼの」という大テーマの中に、旧石器と縄文が入っていたのですが、今回は旧石器と縄文はそれぞれ別のテーマに分けました。
それから、以前は一つだった弥生時代は、今回から二つのテーマに分かれました。古墳・古代は同じですが、それぞれどこからそのテーマを始めるのかが、前回とは少しずつ変わっています。
前の展示は放射性炭素14による年代測定の成果が出る前にできたものですから、その成果が出始めると「自分たちの研究成果を展示に反映させなければいけない」と考えるようになります。いろいろな機会をとらえて「年代が大きく遡るのです」と言ったところで「おまえのところの博物館は何も変わってないじゃないか」と言われます。
まず自分のところから始めようと、7〜8年前から準備を始め、3年間「先史・古代」展示室を閉じてリニューアルし、ようやく今年の一般公開になったのです。


 

(一部 抜粋)




2019年5月号 目次

風のように鳥のように(第113回)
旅先で銭湯に/岸本葉子(エッセイスト)

インタビュー
歴博は何を「新構築」したのか/藤尾慎一郎(国立歴史民俗博物館研究部教授)

まいどわかりづらいお噺ですが
ゲームで感性を培う

中東万華鏡(第38回)
ヨーグルトの話/保坂修司(一般財団法人日本エネルギー経済研究所 研究理事・中東研究センター 副センター長)

おもろいでっせ!モノづくり(第77回)
アニマル浜口さんみたいにとは言いませんが/青木豊彦(株式会社アオキ取締役会長)

ドイツでは、今(第11回)
イコール・ペイ・デーについて考える/川口マーン惠美(作家)

温新知故(第2回)
「放射性炭素」が歴史観を変えた! /斉藤孝次(科学ジャーナリスト)

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