原子力文化コラム

Vol. 4 (2024/8/20)

~日本原子力文化財団設立55周年に寄せて~
国内で確立した教育ノウハウを世界の国々へ



日本原子力文化財団設立55周年にあたり、長年、当財団の活動にご協力、ご支援をいただいてきた東京大学環境安全本部、大学院・新領域創成科学研究科(兼担)の飯本武志教授に、これまでの活動を振り返っていただくとともに、原子力科学技術分野の現状と未来への期待についてメッセージをいただきました。
 

国民生活に貢献する原子力科学技術


人類が放射線や放射性物質を認知したのは、レントゲン博士やベクレル博士、キュリー博士らが活躍した1890年代の中頃です。その後、「原子力科学技術」は多くのノーベル賞とともに加速的に発展し、進化しました。

原子力科学技術は、当初、放射線の特性を活用して、身体を切らずに体内の様子を見ることができるレントゲン撮影などの医療分野で主に活用されていましたが、その後、工業や農業などのさまざまな分野で活用されるようになりました。そして、核分裂で膨大なエネルギーを得られることが発見されてからは、エネルギー分野においても欠かせない技術になっています。いまや原子力科学技術は、私たちの生活や活動に直結する重要なツールの一つと言っていいでしょう。



このように、人類にとって欠かせない技術となっている現状を考えれば、原子力科学技術はこれからもしばらくは重要な役割を担っていくことは間違いありません。特に、質の高い医療はどの国にとっても重要です。また、人口が急増し、経済成長が見込まれる国々にとっては、地球環境の保護の観点からも原子力エネルギーに対する期待も高まるでしょう。さらに原子力科学技術が持つ特徴は、新しい産業や技術を生み出す基盤にもなっています。

したがって、この分野にかかわる優秀な人材が、将来に渡って世界中で数多く必要とされることに疑いの余地はありません。関係者は、次世代の教育や人材育成に力を惜しむことなく、全力で取り組むべきだと考えています。
 

次世代教育の重要性について


私は現在、東京大学柏キャンパスの大学院「新領域創成科学研究科」の環境システム学という専攻で教育・研究活動を展開しています。

「環境の今を学び、環境の未来を拓く」と謳うこの専攻は、人間および自然界を構成する要素間の関係性を明らかにし、課題の明確化とその解決方法の可能性を探り、環境調和型社会の実現を目指す研究を行っています。




その中でも当研究室では、国内外から参集した優秀な学生らとともに、「放射線環境」をキーワードとして、放射線防護やリスクマネジメントに関する研究に取り組んでいます。

当研究室を志望する学生たちの学部時代の専門、そして卒論のテーマは多様です。放射線計測器開発、被ばく線量評価コード開発、環境放射能評価、原子力発電の安全対策、医療での放射線利用など、比較的「原子力科学技術」のイメージに近いものから、化学物質のリスク評価、水質評価、重金属類の環境汚染問題、水素資源開発、世論調査の実施と解析、サイバー攻撃対策、メディア論までとバラエティに富んでいます。

というのも「環境」という用語をプラットフォームにすると、放射線に代表される原子力科学技術は、誰もが参加、またつながることのできる、身近な分野になり得るものだからです。

実際に、当研究室を志望する学生は年々増え続けています。彼らは将来、母国や国籍にこだわらず世界を舞台に活躍したいという意欲と高い志を持っており、指導者として大いに期待しているところです。
 

原子力科学技術分野への人材獲得と人材育成


現在、私はIAEA(国際原子力機関)が主催する、アジア・太平洋地域を中心とした中等教育・高等教育の指導者育成ミッションに、日本の代表として参画しています。

中高生や大学生に安定した教育機会を届けるためには、情報の基点および指導者となる、魅力的で優秀な教員を数多く育成することが重要である、という理念のもと各国の代表と連携して、活動を展開しています。その具体的な目的の一つとして、「スター・ティーチャー」の育成を掲げています。




スター・ティーチャーとは専門知識に明るいことはもとより、自らが強い興味を持ち、学生や同僚の教員らに意見を押しつけることなく、前向きに語り輝いている魅力的な教員のことです。このスター・ティーチャーが軸となって、周囲の学生や教員が原子力科学技術分野に関心を持つようになれば、人材育成の流れが強化されると、私たちは信じているのです。

次世代層への原子力科学技術の情報伝達において重要になるのは学校教育です。これは日本原子力文化財団が長年実施している「原子力に関する世論調査」の結果でも明らかになっています。放射線の科学的な特徴について、日本の学習指導要領によれば中学2年生と3年生の理科で扱われることになっています。近年、その日本の教育のノウハウを、たとえばフィリピンやマレーシア、インドネシア、スリランカ、オマーンといった国々の政府(教育省)が参考にし、教育現場に取り入れています。




日本原子力文化財団を含む日本の先人たちが、長年に渡って工夫を重ねながら開発をしてきた教育ノウハウが今、急速に世界の国々に広がっているのです。私は、こうした状況をより多くの日本の関係者に知っていただきたいと願っています。
 

若者たちが将来を選ぶ「決め手」


学生が大学や大学院の進路を決める際は、知識・学問としての面白さはもちろんですが、もっとも大きい決め手となるのは将来の就職に有利になるかという要素のようです。少なくともアジア・太平洋地域各国においては、それが原子力科学技術分野を進路に選ぶもっとも大きな要素になっているように見えます。

原子力科学技術は、原子力発電を中心としたエネルギー分野のみならず、医療やさまざまな産業、環境問題やマネジメント、コミュニケーション、政策などを含む人文科学系の就職にも直結していることを彼らは知っています。  
 

専門家派遣・課題研究活動支援に期待すること


日本原子力文化財団には、私がまだ大学助手の時代から、派遣講師として多くの学校や公民館等で放射線の話をする機会をいただきました。期間にしてはおよそ30年なので、実に私の人生の半分以上を占めます。各現場でのさまざまな経験と体験が、私を講師・専門家に育ててくれたと深く感謝しています。


2009年壁新聞コンクールで登壇する飯本氏

ぜひ今後も、多くの若手、中堅の専門家、将来の原子力科学技術教育や人材育成のリーダーとなり得る人材を発掘し続けていただきたいと願っています。

ここで一つ提案があります。たとえば、財団として積極的に関連分野の学会や研究会に参加し、財団としての活動や成果を公表し、知っていただく場として活用しつつ、同時にその場で壇上に立つ多くの若手や中堅の専門家の専門性や語り口などを調査し、新たな人材を発掘する、といったことも有意義な取り組みになると思います。

高校生の課題研究活動支援については、当初からコアメンバーの一人として参画してまいりました。本学の講義室で最終の成果発表会を開催するスタイルが定着した頃から、参加者の盛り上がりと強いモチベーションを感じています。高校生らしい発想力豊かな企画や、挑戦的な取り組みに触れることができることを私も毎年楽しみにしておりますので、今後の活動継続に期待しています。
 

設立55周年を迎えた日本原子力文化財団への提言


これまで、専門家講師派遣、高校生課題研究活動支援、そして原子力世論調査などの活動に深く関与させていただきましたが、私が見る限りでは、プラットフォームはすでに確立できたように思います。そのため、今後はその内容や情報への細やかな配慮と更新が必須となります。

たとえば、原子力科学技術の明るい面だけでなく、人類が経験した負の経験や将来への懸念についても、誤解を恐れずバランスよく取り扱い、適切なメッセージを発信し続けていただきたい。

また、これまでは国内における原子力文化の醸成に焦点を当ててこられたと思いますが、「日本」を組織名に冠する財団だからこそ、今後は国外に向けた発信や活動にも取り組んでいただきたいと思います。

日本原子力文化財団が持つ知見とノウハウは海外で大いに参考になることでしょう。そして、世界の中の日本の位置づけと役割を強固にし、リスペクトされる良き事例にもなると確信しています。設立55年の節目にあたり、まさに気持ちも新たに「GO、go」ですね。

 
東京大学 環境安全本部/大学院・新領域創成科学研究科(兼担)
博士(工学)・放射線安全推進主任者
教授 飯本武志氏
1991年早稲田大学理工学部資源工学科卒業。1993年早稲田大学大学院理工学研究科物理学及び応用物理学専攻・修士課程修了。1996年早稲田大学大学院理工学研究科物理学及び応用物理学専攻・博士課程修了。2007年東京大学環境安全本部・准教授、2017年東京大学環境安全本部・教授(現職)。専門分野は放射線防護、規制科学、放射線計測、線量評価、放射線教育のほか、環境安全、リスクマネジメント。
 

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