月刊誌 原子力文化 インタビュー

原子力文化2023年6月号 インタビュー(抜粋)

トルコからの報告
― エネルギー確保のためにも全包囲外交を ―

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻後、初めて行われる両国の外相会談の実現には、 トルコが仲介役を果たしました。
西側の北大西洋条約機構(NATO)に加盟する一方、ロシアとも、そしてウクライナとも関係の深いトルコ。
いったいどのようにな国なのでしょうか。
大統領選挙が決選投票に持ち込まれたトルコの現地からオンラインで今井宏平さんに伺いました。

日本貿易振興機構・アジア経済研究所研究員
今井 宏平  氏 (いまい・こうへい)

 

長野県生まれ。2004年中央大学法学部政治学科卒業、2011年トルコ・中東工科大学国際関係学部博士課程修了(Ph.D.)。2013年中央大学大学院法学研究科政治学専攻博士後期課程修了、「トルコ公正発展党政権の中東政策 地域秩序安定化の試みとその挫折」で博士(政治学)。2016年日本貿易振興機構・アジア経済研究所研究員 著書に『トルコ現代史 オスマン帝国崩壊からエルドアンの時代まで』(中公新書)など。

―― まず五月のトルコ大統領選挙と二月のトルコ・シリアの大地震についてお伺いします。今井さんは、今どちらにお住まいなのでしょうか。

 トルコの首都アンカラで在外研究中なのですが、アンカラはトルコの中では断層が通っていない地域と言われています。一〇〇年前にトルコの初代大統領のムスタファ・ケマル・アタテュルクがアンカラを正式にトルコ共和国の首都にするのですが、首都になった要因の一つに地震が少ないということがあったと言われています。トルコには三つの断層が北側、南側、西側にあるのですが、アンカラはそこから外れた地域になります。
 今回、トルコ南東部で地震が起こったとき、私自身はちょうど日本に出張していてトルコにはいなかったのですが、震央から離れたアンカラにいた妻と娘もほとんど揺れは感じなかった、気づかなかったと言っていましたね。ほかの人に聞くと、多少揺れたという人はいますが、アンカラは震度一、二レベルでした。
 ただ、トルコは地震大国と言って間違いありません。一九九九年に非常に大きな地震が北西部のイスタンブール近くでありましたが、この二四年間で震度六以上の地震が一〇回ほど起きています。
 北側のイスタンブールに近い断層も揺れていますし、トルコ第三の都市、イズミルに近い西側の断層も二〇二〇年に大きい地震があって活発化しています。今回地震があった南東部の地域の近くでも、これまで何回か大きな地震が発生していますが、今年の二月の地震は、これまでにないほど、広範囲に影響がありました。
 今回の大規模地震は、地震の被害に加えて、トルコの政局を占う選挙の直前に起きたことで、政治にも影響を及ぼしています。選挙の日程は五月一四日で大統領選挙と議会選挙のダブル選挙が実施されました。二〇一七年に憲法を改正し、大統領制を採用したため、議会選挙と大統領選挙の両方が同時に行なわれるようになりました。大統領選挙に関して、最近の経済政策で国民を十分に納得させられていないものの、百戦錬磨の現職、エルドアン大統領が有利ではないかと言われていたのですが、今回の地震の対応などでその雰囲気がちょっと変わっているようにも見えます。その意味で、今回の地震はトルコの政局に大きなインパクトを与える可能性があります。
 政府の地震への対応に関しては、すぐ救助が入った地域とそうでなかった地域に差があったり、一九九九年のイスタンブール近郊の地震以降、地震税を徴収していたりしていたものの、災害対策にうまく活かせていなかったことなどが批判されています。
 また、新聞などでもよく報じられているように、一、二階が潰れるような建物倒壊が多かったのですが、政権と良好な関係にある企業が工事を受注したものの、受け取った金額に見合った安全基準どおりの工事を行なっていなかったのではないか、要するに手抜き工事だったのではないかと批判を受けています。
 こういった批判が直接的、間接的にエルドアン政権にダメージを与えたように感じます。地震には天災の部分と人災の部分と両方あって、人災の部分が政府批判につながっているという形ですね。

 

トルコの大統領制は 三権を大統領が 握り強い権限を持つ

―― 日本でも、エルドアン大統領については名前を聞いたことがあるという人が多いと思います。

 二〇〇二年にエルドアン氏率いる公正発展党が政権与党になりましたが、エルドアン氏はそれ以前、イスタンブール市長を務めていました。当時、世俗主義が国是のトルコでは公共の場で宗教的なコメントをすることは禁止されていたのですが、エルドアン氏は市長時代にそれを破ったことで一時、政治活動を行なえない時期がありました。
 そういうこともあって当初は党代表であったにもかかわらず、首相職には就けませんでしたが、政権を取って半年後、二〇〇三年三月半ばから二〇一四年までずっと首相職にあり、その年の八月の大統領選に出馬して勝利し、大統領に就任しました。
 エルドアン氏は非常に強いリーダーシップを持った政治家というイメージがあります。大統領に就任した時点でトルコは議院内閣制を布いていたので、政治的な実権は首相にありました。ただ、エルドアン氏は二〇一四年に初めて国民の直接投票で大統領に選ばれたこともあり、大統領が実権を握る大統領制に変更することを提唱していました。二〇一七年に大統領制の採用の可否を問う国民投票が行なわれ、過半数の支持を得てトルコでは議院内閣制から大統領制へと政治制度が変更されたのです。
 実権を持つ大統領制を採用する初めての選挙が二〇一八年に行なわれて、エルドアン氏自身も出馬して大統領に再選されます。  ヨーロッパやアメリカの大統領制は三権分立で、行政権は大統領にあるものの、議会の力も強く、司法権も独立していますが、トルコの大統領制は三権を大統領が握り、非常に強い権限を持つので、使い方次第では独裁的なものになる可能性も秘めています。この点に対する危惧は内外で非常に強いと言えます。
 エルドアン大統領は強い大統領、強い政治家という印象がありますし、事実、首相や大統領としていろいろ改革を行なってきました。今は制度上でも実権を持つ大統領制のもと、非常に強い権限を持っています。
 これに対し、今回の選挙で野党の大統領候補であるクルチダルオール氏はもし大統領に就任したなら、大統領制を廃止し、元の議院内閣制に戻す、と言っています。
 五月一四日の大統領選挙では、エルドアン大統領の苦戦が報じられていましたが、蓋を開けてみると、エルドアン氏が四九・五二%、クルチダルオール氏が四四・八八%という結果でエルドアン氏がクルチダルオール氏の得票率を上回りました。
 地震で被害を受けた地域はエルドアン氏の支持が厚い地域だったため、今回は落ち込みも予想されましたが、エルドアン氏の支持は予想に反して高いものでした。多くの問題もありますが、改めて、エルドアン氏の強いリーダーシップを多くの国民が評価しているということが明らかになりました。
 ただし、エルドアン氏も過半数の得票率を獲得できなかったため、大統領選の行方は五月二八日の決選投票に持ち越されました。現状では現職で過半数獲得間近だったエルドアン氏が有利な状況にあると見られています。
 一方でトルコ国内のエルドアン氏への評価をめぐって、国内の分極化が深刻になっている点は憂慮されるべきで、新しい大統領がトルコの一体性を改めて高めていくことが急務となっています。

 

 

 

(一部 抜粋)





2023年6月号 目次


 
風のように鳥のように(最終回)

顔出し、再発見/岸本葉子(エッセイスト)

緊急インタビュー
トルコからの報告/今井宏平〈日本貿易振興機構・アジア経済研究所研究員〉

世界を見渡せば(第29回)
少子化は悪いこと?/関美和(翻訳家・杏林大学外国語学部准教授)

追跡原子力
各国で再評価が進む原子力

中東万華鏡(第87回)
ユダヤの偽救世主 シャベタイ・ツヴィ(3)/保坂修司(一般財団法人日本エネルギー経済研究所 理事・中東研究センター長)

おもろいでっせ!モノづくり(第126回)
尖ったものづくりを目指しましょうや/青木豊彦(株式会社アオキ取締役会長)

ドイツでは、今(第60回)
民主主義はどこへ行ったのか/川口マーン惠美(作家)

ベクレルの抽斗(第9回)
太陽が白熱している意外な理由/岸田一隆(青山学院大学経済学部教授)

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