ウクライナ侵略以前のエネルギー情勢
世界の関心は気候変動対策に集まっていて、発電などのエネルギーについても石炭に比べて二酸化炭素の排出が少ない天然ガスと再生可能エネルギーが注目されていました。そのため、エネルギー資源の輸出大国であり、天然ガスの世界輸出のNo.1のロシアのエネルギー市場での存在感は非常に大きいものでした。
■世界の石油・天然ガス・石炭輸出量の割合
資料:GLOBAL NOTE 出典:EIA
エネルギー価格の高騰
ウクライナ侵略以前より、世界のエネルギー価格の高騰は起きていました。主な原因は以下の通りです。
- ① 地球温暖化防止の観点から世界の化石燃料への投資の低迷
- ② 寒波、猛暑などによる電力需給ひっ迫の発生
- ③ 新型コロナウイルス感染拡大により経済活動が停滞し、原油価格の低迷と化石燃料からの投資撤退が加速したことにより、石油やLNGガスの供給不足が発生
- ④ ヨーロッパにおける天然ガス貯蔵量の減少
- ⑤ ヨーロッパでは風力発電を拡大させる一方で石炭火力発電を排除したが、風況が悪かったことにより天然ガス火力発電需要が急増
ウクライナ侵略後は、ロシア産の化石燃料に対して禁輸措置などが行われたことにより、さらにエネルギーの価格高騰に拍車がかかった
エネルギー安定供給と気候変動対策
ウクライナ侵略以降、世界各国がロシア産の石油・石炭などのエネルギー資源の禁輸措置などを講じたことにより、エネルギー資源の供給をロシアに依存していたヨーロッパを中心に、世界のエネルギー市場が混乱に陥りました。そのため、世界の関心が「気候変動」から「エネルギーの安定供給・確保」に移りました。短期的にはエネルギー供給不足の有事に際して、石炭活用への動きも見られます。しかし中長期的には、気候変動対策に向けた脱炭素の目標は変わらないため、エネルギーの安定供給と脱炭素の両立に向け、再生可能エネルギーの利用拡大と原子力発電の利活用に各国の注目が集まっています。
主要国では、以下のエネルギー対策を講じています。
・ドイツ
再生可能エネルギーの利用拡大、石炭火力発電の稼働を増やすなど緊急措置を打ち出したものの、エネルギー需要が高まる冬場に電力供給が不安定になるリスクを完全には排除できず、廃止予定だった原子炉3基の2023年4月までの稼働延長を決め、電力の安定供給に万全を期す。
・イギリス
新型コロナウイルス危機後の需要の急増やロシアのウクライナ侵略にともなうエネルギー価格の高騰を受けて計画を策定。2030年までに原子炉を最大8基建設し、2050年時点の発電電力量に占める原子力発電の比率を25%に引き上げる。2050年に向けて小型モジュール炉(SMR)の開発も急ぐ。再生可能エネルギーは洋上風力の2030年時点での発電目標を50GWとする。現状で14GWの太陽光発電も2035年までに5倍に増やすことを視野に入れ、2020年時点で4割強の再生可能エネルギーの比率を2030年までに7割以上に引き上げ、原子力発電も含めた低炭素電源を95%に近づける。
・フランス
温室効果ガス削減とエネルギー自立のために、2050年までに原子力発電容量を2,500万kW増強する計画を発表。既存炉の運転継続、小型モジュール炉開発を進める計画。
・アメリカ
ウクライナ侵略後のヨーロッパのエネルギー供給不安への対応として、LNG輸出拡大、石油備蓄放出などによる支援を行う。また、主要産油国への増産の働きかけを行う。
・日本
エネルギー調達の多様化・分散化、原子力発電の活用、再生可能エネルギーの利用拡大を図る。主要産油国への増産の働きかけを行う。
・中国
ロシア産の石炭、石油、天然ガスの輸入を拡大。
ヨーロッパでは、以下のような計画も発表されています。
・「REPowerEU」計画
ヨーロッパでは2022年3月にエネルギーの脱ロシア依存を目指す「RePowerEU」を発表しました。計画では2022年末までにロシア産化石燃料を3分の2に減らし、2030年にはロシア依存度ゼロを目指しています。
出典:欧州委員会資料より国際通貨研究所作成
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監修者 コメント
ウクライナ危機の発生と深刻化で国際エネルギー市場における価格は高騰・不安定化し、エネルギー供給に対する不安が拡大するに至った。そのため、エネルギー安定供給とエネルギー安全保障がエネルギー政策における最重要課題となっている。カーボンニュートラルの実現とエネルギー安全保障確保の両立を目指すことが日本を始め世界各国の課題になる中、ゼロエミッションで安定電源である原子力への期待が大きく高まる状況となった。原子力の利活用推進に向けては様々な課題が山積しているが、今後の官民の総力を挙げた努力が重要となる。
小山 堅
(一般財団法人 日本エネルギー経済研究所 専務理事 首席研究員)
監修者 コメント
2022年末で脱原子力するとしていたドイツがウクライナ侵略後、電力の需給検証を急遽実施し原子炉3基の運転延長を決定したことは、エネルギー安定供給への平素からの備えが重要であることを象徴している。原子力発電の利用には長期間の準備期間が必要なのだから、緊急時になってから慌てて原子力に頼ろうとする姿勢は「泥縄」の批判を免れないだろう。ドイツの姿勢に日本も教訓を学ぶべきではないか。
村上 朋子
(一般財団法人 日本エネルギー経済研究所 戦略研究ユニット 原子力グループ グループマネージャー 研究主幹)