原子力総合パンフレット Web版

3章 放射線と放射線防護

放射線被ばくによるリスク低減とモニタリング

1

放射線防護の考え方

がんや遺伝性影響は、どんなに低い線量でも現れる可能性があると考えられていることから、安全と危険の境界を明確に区分することはできません。そこで、国際放射線防護委員会(ICRP)では、世界中の専門家が集まって放射線防護の基本的な考え方を議論し、勧告をまとめています。

【正当化】

放射線の利用によって得られる便益が、放射線被ばくによる損害を上回る場合にのみ、放射線の利用が容認されるとしています。例えば、医療における被ばくがこれにあたります。病気を治療したり、診断によって病気を予防したりすることができる利益の方が放射線による健康影響よりも優先されるときに放射線の利用が認められます。また、逆に、放射線被ばく量を少なくするために避難指示などの措置をとる場合(介入といいます)においても、それによって得られる便益が損害を上回る場合にのみ正当化されます。

【防護の最適化】

社会・経済的なバランスも考慮しつつ、合理的に達成可能な範囲でできるだけ被ばくを少なくすべきであるとしています。英語の"As low as reasonably achievable"の頭文字をとって、ALARAの原則ともよばれます。

【線量限度の適用】

線量限度は、管理の対象となる放射線源からの被ばくの合計が、その値を超えないように管理しなければならないという値で、職業上の被ばく、公衆の被ばくに関して定められています。線量限度は、そこまで被ばくして良いという値ではなく、安全と危険の境界を示す線量でもありません。線量限度は、被ばくが生じる前に放射線防護を計画できる状況(計画被ばく状況)にのみ適用されます。事故などの緊急時やその復旧段階における被ばくに関しては、線量限度ではなく、参考レベルが適用され、防護の最適化を行う際の目安や目標になります。
これらを達成するためにICRPは、線量限度や参考レベルの適用法や具体的な数値あるいはその範囲について勧告しており、日本においても、この勧告の多くを法律に取り入れています。

根拠情報:国際放射線防護委員会(ICRP)1990年勧告

サイト内ページ:放射線防護における線量の基準の考え方

線量限度の適用

線量限度の適用

出典:ICRP Publication 103 「国際放射線防護委員会の2007年勧告」
The International Commission on Radiological Protection
(国際放射線防護委員会)、2007より作成

2

原子力施設で働く人たちの放射線管理

原子力施設で作業する放射線業務従事者が、日常の点検や定期検査などの作業で受ける放射線の量を低く抑えることが大変重要です。このため、放射線業務従事者の線量を法令で定められた限度(5年間で100ミリシーベルトかつ1年間で50ミリシーベルト)以下にするよう厳しい放射線管理が行われています。
原子力施設では、放射線管理を行うため、「管理区域」を定めています。これは、原子炉のある建物や放射性廃棄物を処理・貯蔵する建物の中で、放射線業務従事者が放射線を受けたり、放射性物質で衣服などが汚染される可能性のある場所です。
管理区域内で働くためには、すべての放射線業務従事者が業務開始前および開始後一定期間ごとに、法令で定められた健康診断、教育訓練、受けた放射線の量の確認などを受けなければなりません。
作業にあたっては、警報装置付き個人線量計、ガラスバッジなどの測定器により、常に放射線業務従事者が受けた放射線の量を測定しています。また、内部被ばくについてもホールボディカウンターを用いて測定しています。

一方で、作業内容の改善や補修などの作業の効率化を図るための自動点検装置(ロボット)などによる自動化、遠隔化技術の開発を進めることにより、放射線業務従事者が受ける放射線量を低く抑える努力がなされています。
また、管理区域内の放射性物質を外部へ持ち出さないようにするために、区域内においては必要に応じ、専用の衣服や靴などに替えたり、退出の際に退出モニターやサーベイメータなどの測定器で放射性物質による汚染の有無を確認しています。そして、手などに放射性物質が付着していた場合は、よく手洗いをするなど、徹底した管理が実施されています。
いくつもの原子力施設で働く放射線業務従事者の放射線管理を一元化するため、放射線業務従事者の受けた放射線の量は、被ばく線量登録管理制度により、(公財)放射線影響協会の放射線従事者中央登録センターへ登録されます。
さらに、放射線管理に万全を期すため、放射線業務従事者は、同センターが発行する総線量が記載された放射線管理手帳を所持することになっています。
このような放射線管理は、放射性物質を取り扱う研究施設や医療機関、工場などでも適用されています。

3

原子力施設で働く人たちの被ばくリスク調査

日本の原子力施設で働く放射線業務従事者を対象に、低線量の放射線のがんによる死亡に対して、どのような影響を及ぼすのかについて調査が行われました。この調査は、20万人以上について、1990年度からほぼ5年ごとに5回実施されています。
これまでの調査結果では、肝がん、肺がん、食道がんについて、日本人男性の平均の死亡率より有意に死亡率が高くなりました。しかし、これらのがんは、喫煙や飲酒などとの因果関係が強いことが分かっています。
そこで、喫煙に関連するがんを除いたがん(白血病を含む)について調べてみると、死亡率には、有意な差は現れませんでした。
これまでに実施された結果を総合すると、低線量の放射線が、がんによる死亡率に影響を及ぼしている証拠は現れていません。

専門情報:放射線影響協会「調査報告書・調査パンフレット」

4

原子力施設のまわりの放射線管理

原子力施設内で発生した放射性物質が外部に放出されると、この放射性物質から出る放射線により、周辺環境へ影響を与えることになります。このため、放射性物質の放出について厳しく管理する必要があります。
原子力発電所の運転中には、微量の放射性物質が周辺の環境に放出されます。この放射性物質による実効線量については、年間0.05ミリシーベルトを目標値として設定しています。このようにして一般の人の線量限度である年間1ミリシーベルトに比べ十分低い値に管理されています。

5

放射線や放射性物質を監視するモニタリング

モニタリングとは、放射線の量や放射性物質の濃度を連続的に、または、一定の頻度で測定し、監視することをいいます。事業者などは、原子力施設周辺にモニタリングポストやモニタリングステーションを設置し、大気中の放射線量を24時間測定・監視し、ホームページなどで公表しています。
ガンマ線の測定を目的とするときは、「シンチレーション式検出器」や「電離箱式検出器」が用いられます。携帯用の放射線測定器には、シンチレーション式や電離箱式のサーベイメータのほかにも、中性子線を測定するサーベイメータがあり、測定する放射線の種類により異なった測定器を用いています。
また、周辺の雨水や地下水、海水、海底土、土壌、農作物、水産物、畜産物などについても、放出された放射性物質が周辺に影響を与えていないかどうかを確認しています。

原子力施設周辺の環境放射線モニタリング

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関連情報(詳細):エネ百科「原子力・エネルギー図面集」

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