原子力総合パンフレット Web版

5章 放射線と放射線防護

5章(放射線と放射線防護)のポイント

この章では、放射線や放射性物質の性質、人体への影響とそのメカニズム、放射線から身を守るための注意点などに加え、私たちのくらしをよくするための放射線の利用についても解説したいと考えました。そのために、放射線が工業、医療分野等でどのように活用されているかを、できるだけわかりやすくイメージがわくように写真やイラストを用いながら、冒頭の見開き2ページにまとめました。特に、がん放射線治療は日々進歩しています。がん放射線治療では、「いかに多くの線量をがんに集中させ、正常組織に当てないか」が重要となります。1990年代以降、陽子線や重イオン線の物理的な性質、すなわち止まる直前に大きな線量を与える性質を利用してがんに線量を集中させる粒子線治療施設が多く作られています。また、線源と遮へい材のコンピュータによる精密な制御によってがんに線量を集中させる強度変調治療が普及しています。近年、到達距離が細胞のサイズ程度で、大きなエネルギーをもつアルファ線を用いて、細胞レベルでがんを狙い撃ちする標的内用療法が注目を集め、特に転移がんへの有効性が期待されています。
このような医療分野、産業分野での放射線の有効利用のためには、安全管理の基本となる放射線防護が重要です。国際放射線防護委員会(ICRP)では、これまでの科学的知見に基づいて、低線量・低線量率放射線の影響がどのようになっているかを整理し、放射線防護に関する法令などの基本となる勧告を出しています。その中でも重要な主勧告は2007年のものが最新となっていますが、ICRPは2021年に今後数年間をかけてこの再検討と改訂を行うという内容の論文を発表しています。この論文の中で、放射線影響とリスクに関するポイントとして、放射線感受性の個人差、遺伝性影響などが挙げられています。これらに関して、生物学・医学に関わる近年の科学的進歩を取り入れた改訂が行われる見込みです。

監修者からのメッセージ

この章で説明したように、放射線を多量に被ばくすると、がん、不妊などさまざまな健康影響が引き起こされます。一方で、私たちは常に自然界からの放射線を少しずつ浴びながら生活しています。また、放射線は医療や幅広い産業で利用されています。放射線の有効利用のためには、放射線の性質や生体への影響を理解し、これに基づいて安全や安心を確保することが必要です。
私たち専門家には、研究によって放射線の生体影響を科学的に解明していくことや、より有効かつ安全に放射線を利用する方法や装置などの開発が求められています。また、放射線利用によって得られる健康や豊かさを一般の方々に安心して享受していただくためには、放射線の性質や生体への影響の基本となることや研究・開発の成果を分かりやすく伝えることが必要と考えています。本パンフレットが放射線の性質、健康影響や利用法を理解し、放射線との向き合い方を考える一助となれば幸いです。

松本 義久 (東京科学大学 総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所 教授)

松本 義久
東京科学大学 総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所 教授

次へ
前へ
ページトップ
1章(日本のエネルギー事情と原子力政策)のポイント

1章(日本のエネルギー事情と原子力政策)のポイント

日本のエネルギー選択の歴史と原子力

日本のエネルギー選択の歴史と原子力

エネルギーミックスの重要性

エネルギーミックスの重要性

日本のエネルギー政策〜各電源の位置づけと特徴〜

日本のエネルギー政策
〜各電源の位置づけと特徴〜

日本のエネルギー政策〜2030年、2050年に向けた方針〜

日本のエネルギー政策
〜2030年、2050年に向けた方針〜

エネルギーの安定供給の確保

エネルギーの安定供給の確保

エネルギーの経済効率性と価格安定

エネルギーの経済効率性と価格安定

環境への適合

環境への適合

原子力の安定的な利用に向けて 〜再稼働、原子燃料サイクル、使用済燃料の中間貯蔵〜

原子力の安定的な利用に向けて
〜再稼働、原子燃料サイクル、使用済燃料の中間貯蔵〜

原子力の安定的な利用に向けて 〜高レベル放射性廃棄物〜

原子力の安定的な利用に向けて
〜高レベル放射性廃棄物〜

国際的な原子力平和利用と核の拡散防止への貢献

国際的な原子力平和利用と核の拡散防止への貢献

〈参考〉世界の原子力発電の状況

〈参考〉世界の原子力発電の状況

〈トピック〉電力需給ひっ迫

〈トピック〉電力需給ひっ迫

2章(原子力開発と発電への利用)のポイント

2章(原子力開発と発電への利用)のポイント

原子力開発の歴史

原子力開発の歴史

日本の原子力施設の状況

日本の原子力施設の状況

原子力発電のしくみ

原子力発電のしくみ

原子炉の種類

原子炉の種類

次世代原子炉の種類

次世代原子炉の種類

原子力発電所の構成

原子力発電所の構成

原子力発電の特徴

原子力発電の特徴

原子燃料サイクル

原子燃料サイクル

再処理と使用済燃料の中間貯蔵

再処理と使用済燃料の中間貯蔵

高レベル放射性廃棄物

高レベル放射性廃棄物

低レベル放射性廃棄物

低レベル放射性廃棄物

3章(原子力施設の規制と安全性向上対策)のポイント

3章(原子力施設の規制と安全性向上対策)のポイント

原子力発電所の規制と検査制度

原子力発電所の規制と検査制度

新規制基準を踏まえた原子力施設の安全確保

新規制基準を踏まえた原子力施設の安全確保

原子力発電所の地震の揺れや津波・浸水への対策

原子力発電所の地震の揺れや津波・浸水への対策

自然現象や重大事故への対策

自然現象や重大事故への対策

原子力施設のさらなる安全性向上に向けた対策

原子力施設のさらなる安全性向上に向けた対策

自主的・継続的な安全性向上への取り組み

自主的・継続的な安全性向上への取り組み

4章(原子力発電所の廃炉に向けた取り組み)のポイント

4章(原子力発電所の廃炉に向けた取り組み)のポイント

原子力発電所の廃止措置と解体廃棄物

原子力発電所の廃止措置と解体廃棄物

福島第一原子力発電所事故の概要と教訓

福島第一原子力発電所事故の概要と教訓

廃炉への取り組み ~中長期ロードマップ、燃料デブリ~

廃炉への取り組み
~中長期ロードマップ、燃料デブリ~

廃炉への取り組み〜汚染水対策、処理水の取り扱い〜

廃炉への取り組み
〜汚染水対策、処理水の取り扱い〜

周辺住民や飲食物への影響

周辺住民や飲食物への影響

5章(放射線と放射線防護)のポイント

5章(放射線と放射線防護)のポイント

さまざまな分野で活躍する放射線

さまざまな分野で活躍する放射線

放射線と放射能の性質

放射線と放射能の性質

放射能・放射線の単位と測定

放射能・放射線の単位と測定

被ばくと健康影響

被ばくと健康影響

外部被ばくと内部被ばく

外部被ばくと内部被ばく

身のまわりの放射線

身のまわりの放射線

放射線被ばくによるリスク低減とモニタリング

放射線被ばくによるリスク低減とモニタリング

6章(原子力防災)のポイント

6章(原子力防災)のポイント

原子力防災の概要

原子力防災の概要

原子力災害対策と緊急事態の区分

原子力災害対策と緊急事態の区分

初期対応段階での防護措置

初期対応段階での防護措置

被ばくを避けるためにとる行動(防護措置)

被ばくを避けるためにとる行動(防護措置)

平常時と原子力災害時の住民の行動

平常時と原子力災害時の住民の行動

原子力施設と法律

原子力施設と法律

原子力損害の賠償

原子力損害の賠償