福島第一原子力発電所(1F)の事故を受けて、新規制基準が策定されました。従来の規制基準は、設計基準、すなわち、シビアアクシデントを防止するための基準でした。新規制基準では、シビアアクシデント対策やテロ対策が基準として新たに設けられました。具体的には、放射性物質の拡散抑制対策、格納容器破損防⽌対策、炉⼼損傷防⽌対策、意図的な航空機衝突への対応といったものです。また、設計基準も強化され、内部溢⽔に対する考慮も新設されました。耐震・耐津波性能の強化も図られました。
このような新規制基準に対応すべく、各電力事業者は原子力発電所の安全対策を講じています。そこでは、1F事故の教訓がいかされています。地震・津波等の想定が⽢かったことを反省し、それぞれ想定が引き上げられました。全電源が喪失したことを受けて、非常用電源の強化が図られました。原⼦炉への注⽔機能が喪失したことを受けて、冷却機能の多様化が図られました。水素爆発やそれにともなう放射性物質の拡散が発生したことを受けて、水素を除去する機能や放射性物質の大気中への放出を抑制する機能が追加されました。これらの手厚い安全対策・強化が図られた既設炉のうちいくつか(2025年1月時点で14基)が、再稼働を果たしました。
原子力産業界は、新規制基準を遵守することに留まることなく、⾃主的・継続的な安全性向上に向けた取り組みを進めています。原子力産業界全体で共通的な技術課題を抽出・対策立案・実行を牽引する原子力エネルギー協議会(ATENA:Atomic Energy Association)、⾃主規制機関として独⽴した観点から事業者を牽引する(一社)原子力安全推進協会(JANSI:Japan Nuclear Safety Institute)、原子力施設のリスク評価やリスクに基づく管理を支援する原子力リスク研究センター(NRRC:NuclearRiskResearchCenter)といった機関において、不断の安全性向上に取り組んでいます。
監修者からのメッセージ
福島第一原子力発電所の事故を受けて、日本の原子力規制は大きく変わりました。世界一厳しいといわれている安全基準を遵守するために、電気事業者は既設炉の安全性向上に取り組んでいます。こうした対策が講じられた原子炉のいくつかは、再稼働に至っています。本章では、原子力発電所の規制について基本的な情報を提供したうえで、新規制基準を踏まえたさまざまな安全性向上の取り組みを概説します。地震や津波といった自然現象への対策に、特に多くの紙面を割いています。原子力業界が一丸となって進めている自主的な安全性向上に向けた取り組みも紹介しています。原子力に携わる方々はもちろん、そうでない方々にもぜひ本章をご一読いただきたいです。これほどまでに安全性向上に力を入れているのだということをご認識いただくことで、皆様の安心・信頼につながることを期待しています。

黒﨑 健
京都大学 複合原子力科学研究所 所長・教授